折り返しの月ですね

すっかり夏の様な陽気になりもう6月になり早いもので一年の折り返しの月ですね。

6月といえば梅雨、雨がふる日も多いでしょう。最近は涼しい内に運動会や遠足にと言う学校も多いそうです。

さこで、「あ~した天気にしておくれ」と歌いながら、てるてる坊主を吊したという方も多いのでは。親しみぶかい童謡「てるてる坊主」ですが、歌詞が残酷すぎるとして3番がカットされた事もあるようです。そもそもなぜ「てるてる坊主」に晴れを託すのか、なぜあの歌詞になったのか・・・

童謡「てるてる坊主」 作詞・浅原鏡村 あさはらきょうそん 作曲・中山晋平 なかやましんぺい

(1番)てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれいつかの夢の空のよに 晴れたら金の鈴あげよ

(2番)てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれわたしの願いを聞いたなら あまいお酒をたんと飲ましょ

(3番)てるてる坊主 てる坊主 おした天気にしておくれそれでも曇って泣いてたら そなたの首をチョンと切るぞ

てるてる坊主で晴れを祈る風習は、平安時代に中国から伝わったようです。中国では箒(ほうき)をもった女の子「晴娘」という少女にまつわる伝説が起源といわれていますが、日本では、天候の祈祷をする僧侶にちなんで「坊主」になったのでは、といわれています。「てるてる坊主の頭の中身」にまつわる、ちょっと閲覧注意な伝説もあるようです。

昔、ふり続く雨に困っていると、ひとりのお坊さんがやって来ました。お経を唱えてもらえば必ず晴れることで有名なのだといいます。そこで殿様の前でお経を唱えてもらいましたが、次の日も雨は降り止みませんでした。罰として、お坊さんは首をはねられてしまいます。その首を白い布で包んで吊したところ、次の日はよく晴れました。これがてるてる坊主の始まりだそうです。

「♪てるてるぼうず~てるぼうず~」という不思議な明るさのメロディーは、子供の明日への期待と不安が伝わってくるかのようですね。大正時代につくられたこの歌の作詞者は、小説家の浅原鏡村(六郎)さん。これが唯一作詞した童謡で、ご自身はうれいの多い幼小時代を過ごしたようです。作曲者の中山晋平さんは、「しゃぼんだま」「証城寺の狸囃子」「あめふり」「せいくらべ」「雨ふりお月」「うさぎのダンス」等々、まさに童謡界のヒットメーカー。

この「てるてる坊主」原題「てるてる坊主の歌」は、もともと4番まであったものを作曲者がワンコーラス削除じつは削除された歌詞の内容が現3番と同様「晴れない」結果でありながら、なぜか「穏やかで優しい対応」をしているというのです。

削除させれた幻の1番

てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれもしも曇って泣いてたら 空をながめてみんな泣こう

いかがでしょう こちらが削除され、「残酷な対応」のほうが残されたのでしょう。一説には「首を切る」という表現には「虫をちぎるなど残酷な一面をもつ子供の特性」を表しているとも、「願望を通そうとする権力者の暴力」という意味が潜んでいるともいわれます。けれど・・・「てるてる坊主」との関係で、「首をチョンと切る」ような力ある立場に、当時の子供がいたのでしょうか?残虐な愉しみの入る余地など、あったのでしょか?

天気予報が発達した現代でさえ、人間の力で雨を自在に降らせたり晴れにしたりはできません。当時の子供は、本当に大事な日は「力をもつ」てるてる坊主に本気でお願いしたでしょう。思いつく最大の褒賞が「金の鈴」や「あまいお酒」であり、最大の脅し(罰)が「首を切る」だったのではないでしょうか。「いちばんいいものあげるか首を切っちゃうかだよ!」と脅してでも晴れにしてほしかったにちがいありません。

そんなときに、「ダメな場合は一緒に泣こう」なんて考えられないはず。リアルな感情を追求したら、こちらが削除されて当然な気がします。もっとも今の教育界だったら3番のほうが幻になっていた可能性も大いにありますが・・・

明日の予定が楽しみで眠れないとき、てるてる坊主が後を引き受けてくれるから、もう寝ても大丈夫いまも子供たちはそれで安心して布団に入るのかもしれません。

「雨にしてほしい」場合は、逆さにつるすか黒くするとよいのだそうです。

また、作る時はのっぺらぼうにして南天の木に吊し、願いが叶ったら必勝ダルマのように顔を描き入れるのが本来のお作法なのだとか・・・けれど子供の作る笑顔のてるてる坊主は、明日のワクワクを先取りするような楽しさがありますね。作詞者のふるさと、長野県池田町にある「てるてる坊主の館」でも、表情豊かなてるてる坊主たちが来訪者を迎えてくれるようですよ。(日本気象協会 参照)

  
  

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